2/25 おばぁちゃん

 

30年も前に亡くなった祖母が、ラスト1週間だけ呆けた。
17
歳ほどで封建的な田舎の本家へお嫁に来て、社会的にも立派な息子
4人を生み育て、蝶よ花よと育てた娘も嫁がせた。
亡くなったのは60代だったけど、年の割にクチャクチャの小さいおばぁちゃん、
という印象。

祖父は20年ちょっと前に82歳で亡くなったが、180cmもある大きな
カッコイイおじいちゃん。
その下で50年間毎日働き詰めで、農業と家事と育児をこなした。
いつ寝ていたのだろう?
いつ気を休めていたのだろう?
その祖母がウチの母にもらした最後のメッセージ。

『私は自分がオソロシイ。
 自分の心の中を思い出したら...ソラ恐ろしくなる』

小学5年生頃だったか母から聞いたのだが、子どもながらにものすごく
強烈で、時々思い出す。

ウチの父のすぐ上の姉は、精神薄弱者。
実家に同居・・・っというより、かなり年老いた祖父母と伯母の3人暮らし
だった家から御指名を受け、東京の生活を引き払って私たち家族が入った。
当初7人家族だったところに妹が生まれ、それを誰より喜びながら、
1年も経たず祖母は亡くなった。
束の間の8人家族。

伯母は小学校に通えて文字も書けていたそうだが、少しずつ遅れ...
中学には入っていないらしい。成人する頃には片目の視力が極端に
弱っていた。
それでも小学生頃の記憶はとても鮮明で、誰より確かだ。
10歳も年下の母のことを『おねぇちゃん』と呼ぶ。
私たち兄妹のことは、名前で呼び、目下との認識。
ほんの10年くらい前まで、『ウチは"娘"や。お嫁に行くンや♪』と云っていた。(^^)
でも最近は、『おとぅちゃんも、おかぁちゃんも死んだからお嫁に行けなかった』
と云ったり。(*^^*)


その伯母と暮らすようになり、私は一度だけイジワルをしたことがある。

多分6歳になったばかり。
その頃大切に集めていたグ○コキャラメルのオモチャを廊下の縁側に置いた。
たまたま近づいてきた伯母が『ナンダロウ?』という顔で覗き、箱を手に取った。

わざと置いたわけではなかったが、その一部始終を見ていた。
で、知っていたのに、怒って文句を云いにいった。
『オモチャ、取らないで!!』

すると、伯母も怒る!
『取ってないぃっ!ココに置いてあったから見ただけじゃ!』
その途端、箱が手から落ち、オモチャはバラ撒かれてしまった。

『あ〜あっ!!』(←私の大げさなタメ息。)

すると。
走り寄って来た祖母が、伯母を急かし拾い集める。
『ユキちゃん、ごめんなぁ。』といいながら。

伯母は別に悪くない。でも『ユキちゃんに、謝りぃ!』と叱る。
きっと伯母はものすごく不満だっただろう。
それでも謝らせようとする哀しい祖母。

『ワタシハ ヒドイコトヲシタ』

・・・何も云えなくなってしまった。ただただウン、ウン頷く私。
そして黙ってオモチャを拾う。
胸に仕舞いこんでしまった『ゴメンナサイ』。


母に祖母のコトバを聞いたとき、即、この場面が浮かんだ。
6歳の私は、初めて会った大人のような子どものようなヒトを
どう理解していいのか分からずにいたのだと思う。
だから、試した。
『あぁ、こんな時は怒るんだナ...』

祖母は、あんな場面を何百回、何千回目にしたのだろう。
立派になった息子たちがその存在を公表しない実妹を産んだ。
伯母のことで自分を責め、どんなにつらい思いをしたか量り
知れない。
他にだって、逃げ出したい投げ出したいことに溢れていたはず。
山間の田舎。情報にも距離にも隔離され閉鎖された日常。
         -----知らぬが仏-----
封建的な家で幼い嫁はただただ耐えることを身に付けたのか。

多分、生まれて初めて口にしたのだろう。
心の深淵の表書き。その底は、深く深く・・・

祖母にとって母は初めて出会う同じ立場のヒト。嫁。
私たち兄妹、特に妹は初めて抱けた内孫。
きっと可愛くて仕方なかったんだろうなぁ...

初めて安心したのかもしれない。
どこかで聞いた、『呆けは、神様がくれる最後のプレゼント』。
本当にそのとおりだと感じる。
おばぁちゃんは一週間だけ無邪気な子どもになって、ちょっぴりおじいちゃんを
困らせて逝った。

伯母は昨春、思わぬ大怪我(大腿の骨折)をして入院している。
怪我はほぼ治り、歩行のリハビリを続けており、昨夏帰省時、お見舞いに
届けた犬のぬいぐるみを大切にしてくれているそう。
時々外泊許可をもらい、家に戻る。
すると必ず電話がかってくる。

『歩けるようになった?ゴハンはおいしい?病院ではいい子にしてる?』
・・・話すのは私ばかり。娘も真似して
『Kサン、ちはるだょ。もうおケガ治った?ワンちゃんたちに会えてよかったね♪』
返事は、『・・・ハイ!』『・・・ウン!』『・・・シテル!』(*^^*)

バリアフリーとはほど遠い古い旧い屋敷に、完全に戻ってくることは、この先もう
できないかもしれない。

おばぁちゃん、どんな顔してみてますか?...笑ってますか?

祖母の言葉を私に話し、母は云った。
『私はあんな我慢は出来ないヮ。人間が出来てない。』

私はもっと、デキテナイ!

 


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